ブルガリアからの手紙

 2014年新年より、ソフィア在住のマリア・マリノヴァさんが、「ブルガリアからの手紙」と題して、いろいろな思いを寄稿してくださいました。

 彼女は、2013年4月13日(土)にソフィアで開催された、在ブルガリア日本大使館とキリル・メトディ国際基金の共催による第19回日本語弁論大会中級の部で優勝したソフィア市第18総合学校11年生(日本の高校2年生)。
 2008年に、アルメニアから引っ越してきてブルガリアに住み、その中で日本に興味を持ち、日本語の勉強を始めた、富士山が大好きなお嬢さんです。

 弁論大会で優勝したご褒美で日本に招待され、その歓迎会で私たちが知り合うことになったのですが、帰国ののち、日本の人たちへのメッセージをお願いしたところ、快く受けてくださいました。
 最初に、知り合うきっかけとなった弁論大会でのスピーチ、「言葉より大切な事」を寄稿していただきました。
 2回目から、折に触れ、マリアさんの思いや感じることを自由に寄稿していただきましたが、たいへんに興味深いシリーズになりました。

 なお、2016年に大阪大学に留学したことを機に、「ブルガリアからの手紙」は終了いたしました。

目    次
その14 「ブルガリア料理のレシピ」
その13
「ブルガリアのクリスマスとお正月」
その12 ロシアのサンクトペテルブル
その11 「学 校 と 大 学」
その10 「ロンドンについて」
その9 「冬でも夏でも楽しめるボロヴェツとリラ山
その8 「ブルガリアの学校と少しユーロビジョンについて」
その7 「 漢 字 の 美 し さ 」
その6 「アルメニアの紹介」
その5 「黒海の町ネセバル」
その4 「皆さん、本を読むのが好きですか」
その3 「春の訪れ」
その2

「12月の楽しみ」

「言葉より大切な事」

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「ブルガリア料理のレシピ」

ブルガリア料理は日本料理と比べてとても違っていますけれども、とても美味しい料理が沢山あります。日本人があまりなれていない味かもしれませんが、きっと好きなブルガリア料理もあるかなと思います。私は最近料理をよくしていて、色々なレシピを聞いたり、本やネットで見つけたりして、作ってみるのが楽しいです。そして皆さんに簡単で作りやすい伝統的なブルガリア料理を教えたいと思います。

ブルガリアでブルガリアの白いチーズがとても大切なので、よく料理の材料にもなります。そのチーズをシレネ(Сирене)と言います。でも日本ではシレネが見つけにくいと思いますので、日本で見つけやすい材料を含めた伝統的な料理について書きたいと思います。


ブルガリアのシレネ

まず、パタトニク(Пататник)の簡単なレシピです。必要な材料は、じゃが芋(1キロ)と玉ねぎ(2個)、そして塩と植物油です。調味料として使うのがスペアミントかこしょうです。好みによって、卵(2個)やお肉も加えてもいいです。


パタトニク

作り方はこちらです:

まずじゃが芋の皮をむいて細切りにします。

それから玉ねぎを繊維にそって薄切りにしてじゃが芋にスペアミント(又はこしょう)と塩を加えて混ぜます。

ここで15分そのままにしておきます。

15分たったら、フライパンに植物油を入れて、混ぜ合わせたものを形を丸く整えて焼きます。

蓋をして焼き色がつくまで弱火で焼いて、蓋を使ってひっくり返します。そして、同じように焼き色がつくまで焼いて出来上がりです。

出来上がりのパタトニクをブルガリアヨーグルトと食べるととても美味しいです!パタトニクはロドピという地方の伝統的な料理です。

次のレシピはムサカ(Мусака)のレシピです。ムサカはバラカン半島と近東での料理で、それぞれの国のレシピが違います。例えばギリシャで主な材料は茄子ですが、ブルガリアでじゃが芋です。材料は、玉ねぎ(1個)とじゃが芋(1キロ)とひき肉(500グラム)、そしてトマト(2個)と植物油です。調味料としてクミンパウダー(小さじの半分)、セイポリー(小さじの半分)とこしょうを使います。ムサカを作るにはソースも必要なので、卵(2個)、ブルガリアヨーグルト(200グラム)、小麦粉(大さじ2)と塩(少々)を使用して作ります。

注:調味料のクミンパウダー、セイポリーは日本でも市販されています。


ムサカ

クミン             クミンパウダー

作り方はこちらです:

玉ねぎをみじん切りにして植物油(大さじ3)でフライパンで焼きます。ひき肉を加えて炒めます。

トマトを切って調味料と加えます。できたものを5分炒め続けます。

それからじゃが芋の皮をむいて角切りにしたものを、植物油の入れたフライパンに移して、ちょっと前に出来たひき肉も入れます。じゃが芋を被るくらいの温かい水を加えます。

オーブンを200℃で用意しておきます。深い耐熱ベイキングトレーに入れてオーブンで30分焼きます。

その間に、卵と小麦粉とヨーグルトをボウルに入れてよく混ぜます。少し塩を加えて、ソースを出あがります。

オーブンで焼いているムサカを出して、ソースを注いでからオーブンに戻します。15分くらい焼き続けます。

出来上がりのムサカをヨーグルトと食べます。

ブルガリアの料理はとても美味しいのでぜひこの料理を使ってみてください!Bon appetit!


ロドピの美しい景色

ソフィアファミリー付記:最近、クミンによるダイエット法が話題になっています。接種法を調べてお試しになってみてはいかが?

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「ブルガリアのクリスマスとお正月」

 皆さん、明けましておめでとうございます。2016年も皆さんにとってよい一年となりますように!

 私にとってお正月はとてもポジティブな時期です。家族と一緒にいられる日々がとても大切ですし、大好きな祝日も毎回とても楽しみです。冬休みは一週間ぐらいですが、あっという間に終わってしまいます。お正月とクリスマスは沢山の人に愛される祝日なので、ブルガリアの祝い方と習慣について伝えたいと思います。

 クリスマスはキリスト教でキリストの降誕を祝う祭りですが、今他の宗教の方にも、無宗教の方にも祝われています。現在ブルガリアでは約84%はキリスト教で、昔からクリスマスが祝われてきました。ブルガリア語でクリスマスを「Коледа(コレダ)と呼びます。ブルガリアのクリスマスは1225日で1224日にクリスマス・イヴが祝われています。クリスマス・イヴの食事は肉や卵や牛乳を使わない料理です。作る料理は豆のスープや「サルミ」と呼ばれる中身がお米のキャベツロールやナッツなどのような食べ物です。とても大切なのは手作りのパンです。そのパンは「ピタ」と呼ばれていて、焼く前に中にコインを入れます。コインが入っているパンの部分を当たった人の一年間が運がいい一年間になると信じています。24日にとても面白い、とても昔の習慣があります。「コレダリ」という人達です。(コレダリはコレダからできた言葉で複数の人を示す言葉です)。コレダリは伝統的な衣装を着ている若い男の人達です。吸血鬼や他の悪霊を追い出すために歌を歌ったりしていて、人にワインや蜂蜜、パンなどを振る舞ってもらいます。


コレダリ

 25日に断食が終わるので、クリスマスの日に肉も料理が食べられます。のみものとしてワインも沢山飲まれています。そしてДядо Коледа (サンタクロース)からプレゼントをもらえる日で、子供だけではなく大人もとても喜ぶ祝日です。

 ブルガリアのお正月にバニツァ(パイのような伝統的な料理)を作ります。バニツァの中に色々な紙に書かれた願い事のようなものが入っています。そして街中の広場でステージが作られてコンサートも行われたりしています。12時になる前に大統領のスピーチがテレビで放送されていてカウントダウンが始めます。そのあとは国家が流れて、ブルガリアの伝統的な踊り、ホロの音楽が流れます。街中の人も、家にいる人も、みんな楽しく踊って新年を迎えます。その夜に沢山の花火が打ち上げられます。とてもきれいで感動的だと思います。

 クリスマスと違ってお正月を家以外のところで、例えばレストランや街中や友達と一緒にパーティーで迎える人が多いです。

 クリスマスとお正月がブルガリア人の大好きなお祝いだと言ったら間違いないと思います。

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ロシアのサンクトペテルブル

 一ヶ月前ロシアのサンクトペテルブルクを訪れました。とても印象に残って、素敵な思い出ができた街のことを皆さんに伝えたいと思います。

 ブルガリアの秋が結構寒いですが、サンクトペテルブルクの秋がまるで雪なしのブルガリアの冬みたいです。フィンランド湾に面していて、秋だけではなく、夏も涼しいようです。でもあんな美しい街にいると寒さも、他の不便なことも、全部忘れられると思います。

 私のサンクトペテルブルクでの滞在が5日間でしたが、朝から晩まで観光していたおかげでほとんどの観光地へ行けました。毎日新しいことを知ることがでて、とても勉強になりました。

 サンクトペテルブルクといえば色々有名な観光地がありますが、一番知られているのがエルミタージュ美術館だと思います。エルミタージュ美術館が冬宮殿だと思っている方が多くいると思いますが、実は冬宮殿だけではなく合わせて5軒もあります。冬宮殿が本当にとても美しくて豪華な建物です。レンブラント、モネ、ゴッホ、ティツィアーノ、ラファエロ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどなど、本当に入ったら帰りたくない場所です!そして私の大好きなロシア美術館もお勧めです。ブリューロフとアイヴァゾフスキーの作品をみて、幸せを感じました。あんな巨大な絵を見ていて絵の一部になれるような気がして、「今私の目の前に彼らの傑作があります」と思いました。見たい時に美術館に行けて、いつでも様々な傑作が見られるのは本当に幸せなことだと思います。


冬 宮 殿

 サンクトペテルブルクはもちろん教会でもとても有名です。血の上の救世主教会やシンボルになった聖イサアク聖堂とカザン聖堂など、ぜひまた訪れたいと思ってしまうぐらいの印象を残します。そしてサンクトペテルブルグのトップ観光地のもう一つは可動橋です。可動橋が見られるのが夜だけなので遅くまで待たなければなりません。でも沢山の人が集まるので一緒に開橋を待つのも楽しみだと思います。


血の上の救世主教
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聖イサアク聖堂


可 動 橋

 サンクトペテルブルグの近くのプーシキン市もとても大事な観光地だと思います。なぜかといいますと、18世紀にロシア皇帝の夏の住まいとしてツァールスコエ・セローと呼ばれていました。「ツァールスコエ・セロー」というのは「王の村」と訳します。エカテリーナ宮殿がツァールスコエ・セローで皇帝エカテリーナ1世の命令で建てられました。本当に豪華な建物が何軒もありますが、自然とつながって、美しい建築の景色をみてとても穏やかな気持ちになります。そしてどんな天気でも自然と建築の美しさが変わりません。


殿エカテリーナ



サンクトペテルブルク夜景

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学 校 と 大 学

 学校は人生でとても大切なことだと思います。新しい知識をもらうにも、同級生やほかの人とコミュニケーションを作るにも重要だと思いますが、自分を見つけるにもとても大切な時代だと思います。色々な人が学校で様々な困難にあって、自信をなくしたり、やめたくなったりする否定的な考えを持つようになることが多いです。悪い成績をもらうときや友達と仲良くできないときなど、とても困る人が沢山います。でも学校は人生の小さな模範のようなことだと思います。きっと人生であう困難が学校であった困難より難しいかもしれないですが、学校の経験があるからこそ人生で自信を持てるようになると思います。

 

 私は学校について色々考えはじめた理由は今年からもう学校へいかないからです。毎年、915日に始まるブルガリアの学校のために、準備や文房具屋さんでの買い物をしていました。でも今年は学校ではなく大学のために準備をしています。当たり前なことですが、よく考えたら人生の一部が終わって、新しい一部が始まることだと思います。今、10年後「大学時代」と呼ぶ時代にはじめての一歩を踏み出しますが、さかのぼってみれば、今「小学校時代」と呼ぶ時代の踏み出した一歩を思い出します。そのとき何を期待すればいいかわからなかったんですが、学校がとても楽しいと思っていました。だんだん勉強が難しくなってきて、学校より夏休みのほうが好きになる学生がとても多いですが、新しい知識をもらうことを毎年とても楽しみにしていると思います。

 

 小学校のときによく覚えている思い出は、先輩の姿です。子供だったので、高校の先輩とぜんぜん話せなかったんですが、いつか自分もこんなに大きくなるんだなと思っていました。「何年後なんでしょう」と思っていて、7年後ぐらいだったのに15年後以上のような気がしていました。でも時がたって、私もその先輩の年になって、そして先輩と思っていた年の人が今私の後輩です。「毎年長かった気がしたんですが、振り返ってみればあっという間でした」と考えせずにいられません。色々な困難があったんですがとてもよかった12年間でした。そして最近知ったC.S.ルイス(クライブ・ステープルス・ルイス)の名言がとても好きになりました。「毎日が同じで何も変わらない気がしますが、振り返ってみれば全部変わっています」。確かにと思いました。

 私は学校にも、学校の先生にもとてもありがたいです。沢山の思い出を心の中に保って、大学という人生の一部を迎えたいと思います。

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ロ ン ド ン に つ い て

私は昨日ロンドンから帰ってきました。ロンドンといいますと絶対にいってみたいという街のひとつだと思います。私もそうだったのでやっとロンドンにいけてとても嬉しかったのです。


ロンドン

ロンドンでは沢山見ておきたいところがあります。観光案内所を使ってもいいですが、私はインターネットで自分で調べて、いつからいつまで行ける情報や色々な値段に関しての情報が簡単に見つかりますのでとても便利でした。ロンドンは決して値段の安い町ではないが、色々な博物館が無料です。それはとても助かると思います。例えばThe National galleryVictoria & Albert museum等々がものすごく大きくて、レンブラントやダ・ヴィンチの名作が見られます。私のお勧めのところはThe Wallace Collectionです。もともとRichard Seymour-Conway, 4th Marquess of Hertfordプライベートコレクションだったんですが、彼の非嫡出の息子、Sir Richard Wallace がコレクションを相続しました。そしてRichard Wallaceなくなって、彼の未亡人が全部イギリスの政府に贈しました。本当に素敵なところです。そしてアルメニア人女性の絵もあったので、私は大感激しました。


The Wallace collection
      

An Armenian woman - Charles Landelle [1821-1908]

もうひとつの大好きなところはセント・ポール大聖堂です。言葉の足りないほど綺麗で、巨大で豪壮ですが、心がとても平和になります。そして大聖堂のドームに登れて、ロンドンの素敵な景色が見られます。ささやきの回廊に登るのがそんなに大変ではないが、疲れる可能性が高いです。でもStone Gallery Golden Galleryに登るのが結構大変で、怖いです。高所恐怖症の方が大変だと思います。でも景色が素晴らしいです。


St Paul's Cathedral Whispering Gallery
     

 

St Paul's Cathedral 情報

St Paul's Cathedral

 そしてもうひとつの大好きなところが、もちろん必須観光地の、ウェストミンスター寺院です。イギリスの王と女王などのお墓があって、とても行きたかったところでした。外も中もとても綺麗な、歴史の豊富な教会です。


Westminister Abbey

 どこの観光地でも色々な言語でプランのパンフレットがあって、本当にとても便利でした。ブルガリア語はなかったんですが、日本語が観光地の入り口でどこでもありました。

 有名な観光地以外、街のどこでもある小さな教会がおすすめです。その小さな教会で人があまりいなくて、穏やかですし建築もすごく綺麗です。そしてNational Portrait Gallery は肖像画の博物館でとても豊かなコレクションです。The National Galleryのすぐ側なので、一日で行けると思います。Greenwichにも行けたらグリニッジ子午線にもThe National Maritime museumなどにも行けますが、ただ公園で座って街を通り過ぎる人や、川を通り過ぎる船を見て、綺麗な道と建築や自然を楽しんで、落ち着けると思います。そして、ロンドン塔も大事な観光地だと思います。昔のイギリスに行けるような感情で、特に歴史の好きな方にお勧めです。昔のロンドンの建築が新しいビルと共に存在するのを感じて、協和していると思います。


ロンドン塔

皆さん、チャンスがあったらロンドンへ行ってみてください。

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冬でも夏でも楽しめるボロヴェツとリラ山


皆さん、好きな季節がありますか。好きな季節によって趣味のある人が沢山います。冬が好きな人がスキーやスキーボード、そして夏の好きな人が水泳を楽しめると言います。

私の好きな季節は春ですが、水泳が大好きなので夏も好きです。でも暖かくなってきて、冬眠から起きる、綺麗に咲いてくる自然を見つめるのが一番です。

最近ソフィアの近くのボロヴェツというところに行ってきました。ボロヴェツはブルガリア中でも海外でも有名なスキー場ですが夏のボロヴェツも美しいです。ブルガリアの自然が緑が多いので夏に毎日綺麗な景色です。


夏のボロヴェツ

冬のボロヴェツ

冬に行ったことがないですがブルガリアからも海外からも沢山の旅人がボロヴェツへ行くといわれています。夏には人が少なくてとても穏やかで心が癒されます。あまり大きくない町ですがスパなどが沢山あって温泉が好きな人もボロヴェツを楽しめると思います。

ボロヴェツはブルガリアの最高峰、2925mのリラ山ムサラ峰の麓に位置しています。登山の好きな人はボロヴェツからマークした道路で山登りもできます。そしてボロヴェツのとても近くにある、19世紀に立てられたツァルスカ・ビストリツァという宮殿も見にいけます。


リラ山ムサラ峰

ツァルスカ・ビストリツァ

ボロヴェツだけではなく、近くのとても有名な観光地や自然の美しいところにもいけてとても便利な位置だと思います。

どんなところかといいますと、例えば国立公園リラも近くにありますし、リラといえばリラの7つの湖にもいけます。リラの7つの湖はブルガリアの一番有名なところのひとつです。そしてもちろんリラ修道院も必須だと思います。ユネスコの世界文化遺産ですし、ブルガリアの様々なシンボルのひとつでもあります。写真の好きな人はインスピレーションを受けるかもしれないと思います。私も写真が大好きで毎回綺麗な景色に感動します。


リラの7つの湖

リラ修道院

ボロヴェツもリラの自然と有名な建物もブルガリアに興味のある方がとても好きになると思います。そして自然が好きな人や、スポーツが好きな人や、歴史が好きな人や、そして写真の好きな人、いろいろな趣味のある人が楽しめると思いますのでもしブルガリアへ旅行したいと思っていただければ是非ボロヴェツとリラ山にもいってみてください!


リラ山

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「ブルガリアの学校と少しユーロビジョンについて」

 ブルガリアは本日(31日)、ババ・マルタの日で、春の訪れを祝う日です。天気も良いのでこれからもだんだん暖かくなるといいなぁと思います。

そして今私は学校の最後の学年なのでもうすぐ卒業します。それで皆さんにブルガリアの学校と大学についてお話したいと思います。大学にはまだ入っていませんので強調させていただくのが学校ですが、大学について知っている限りの情報もお伝えさせていただきます。

日本とブルガリアの学校は似ているところもとても違っているところもあります。日本の学校と同じく、ブルガリアの学校も三つに分かれています。それが小・中・高のことです。でも日本と違って小学校が四年間、中学校が3年間、そして高校が一番長く、5年間です。でも日本もブルガリアも12年間の教育制度です。

日本では小学校1年、中学校3年、高校2年などの呼び方がありますがブルガリアは1年生から12年生と呼称しています。例えば私は今12年生です。すなわち高校3年生です。それによってブルガリアのクラスの呼び方も少し違います。日本では2-12-Aのような呼び方が多いですが、一番目の数字が小・中・高を表します。なのでブルガリアでは1から12までの数字を使ってクラスの呼び方が決定されています。そして次に使われているのがキリル文字です。ですから日本の高校21組がブルガリアの11A組です。

クラスの人数が学校やクラスによって違いますが、普段23-27人です。私立学校が少なく、ほとんどが国立学校です。そして制服のある学校も少なく、ほとんどが制服のない学校です。

新学年が始まるのが915日です。そして終わるのが年によって違います。例えば小学生が終わるのが5月で、中学生が終わるのが615日で高校生が終わるのが630日です。でも12年生も5月に終わります。なぜかというと高校がおわって試験が行われるからです。毎年違う日付けですが例えば学校が515日に終わって、22日と24日に試験が行われます。その試験をマトゥラ(матура)と言います。必ず受けなければならない試験は二つあります。国語(ブルガリア語と文学)と高校で勉強してきた科目の中のもうひとつの試験です。そしてそのあと大学で受験を受けることもできます。この受験が自由選択で大学によって違います。

中学校が終わるときにも試験が行われます。その試験の結果によって入りたい高校に入れるかどうかは判断されています。

 そして高校を卒業するのが6月で、マトゥラを受けた後です。学校の成績とマトゥラの成績を含めて卒業証書をもらいます。

私もこれから色々な試験を受けますので、入りたい大学に入れますよう頑張りたいと思います。


 そしてブルガリアの教育制度に関係なく、ご報告があります。毎年行われているユーロビジョン・ソング・コンテストが今年ウィーンに行われます。残念ながらブルガリアは参加しませんがアルメニアは参加します。そしてアルメニアの今年のアイディアはとてもユニークだと思います。

2015年はアルメニアン・ジェノサイドの100周年です。アルメニアを代表するグループがGenealogyというグループで、メンバー達が5人が100年前アルメニアから逃げたアルメニア人の後胤で一人がアルメニアからのアルメニア人です。そしてそれぞれのメンバーがそれぞれの大陸を代表します。アメリカ(南と北)、オーストラリア、アフリカ、アジア、ヨーロッパ、そしてもちろんアルメニア。

実はアジアを代表する国は日本です。日本からのアルメニア人がアジアを代表するGenealogyのメンバーです。日本とアルメニア系アメリカ人のハーフ、ステファニートパリアンという歌手です。アジアの国が日本だということを知ってとても嬉しかったです。ユーロビジョンでいいパフォーマンスになるといいなぁと思います!

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           「 漢 字 の 美 し さ 」


 日本語を勉強し始めてから四年間半経っています。一番最初から日本語が大好きになってもう人生の一部としてしか感じられなくなりました。もちろんまだまだですがこれからもいくら時間がかかっても一歩づつ日本語と日本のことを学ぶことを続けたいと思います。

そんな大好きな日本語の中で好きな勉強がありますかとよく聞かれていますが、実はございます。漢字です。日本語学者たちの中で漢字が大好きな人がそんなに多くはないといわれていますが私は漢字に強い魅力を感じています。もちろん3千字以上が簡単に覚えられないですし覚えられなかったら困ることもあるということは確かですが漢字には漢字にしかない魅力があると思います。ただ義務で知らなければならない一部だけではなく、勉強すると楽しむことができると思います。漢字を勉強するとその字の意味を理解すればその字で作られた語彙の意味もわかりやすくなると思います。初めて見た言葉の意味がわからなくても漢字を見れば推理することができると思います。もちろんそのために基本として数百字を知らなければなりませんが、そう言う風にゲームとして楽しむことができると思います。そして漢字の音読みや訓読み、使い方などを覚えるにはかなり時間がかかっていくと思いますが、語彙で漢字を覚えることで少しでもわかりやすくなってくれると思います。

漢字を読むのがもちろんですけれども、書くのが一番好きです。漢字を書くと書き順を練習して漢字のそれぞれの使い方がわかることができると思います。例えば今沢山記入してきた「かんじ」という言葉は 「漢字」、「感じ」、「幹事」、「監事」、「完治」 などなどの書き方がありますがそれぞれに全然違う意味ですから間違えやすいです。でももし書かれている漢字を見たことがあるとしても意味がわからなかったら推理することができると思います。例えば「完治」は完全に治るという意味で、はじめてみた言葉なのに漢字がわかってるので大体意味がわかるにも辿り着けると思います。もちろん沢山の例外や簡単に推理ができない言葉が沢山あっても、漢字のおかげで沢山の言葉が覚えやすくなってわかりやすくなるかもしれないと思います。

そして現在パソコンで記入する機会が一番多くて、手で漢字を書く機会が少しでも少なくなったと思います。それは世界中のどの言語でもそうですが、日本語なら漢字が自動で出てくるので正しい書き方を詳しく思い出さなくてもいいということになっています。日本人でもそう言うことがあると聞いたことがありますが、外国人なら結構助かります。でも本当に助かるのでしょうか。私も漢字を手で書くときに思い出せないや忘れてしまったりすることがよくあるんですが、そのとき一生懸命自分で思い出せるよう頑張ってみて、もしできなかったら辞書で調べることにしています。でもパソコンでは自動で様々な書き方が出てきますので結局思い出さなくても選ぶだけです。それももちろんある知識をもっていなければできないですが、実際はテストのようになっていると思います。テストで4つの答えがある練習と自分で書く練習があったら、自分で書く練習で結局思い出せずということも多いでしょう。でも4つの答えの中から選ぶとしたらきっとヒントが出てくるので答える可能性はかなり高いと思います。成績のためなら助かるかもしれないですが、本当にその漢字を知っているのかと自分に聞き出すことがよくあります。思い出せば覚えてしまうことも多いですが、自分でちゃんと思い出せるように、ちゃんと書けるようにこれからも沢山練習していきたいと思います。

そして漢字がもっと学者たちに愛されてほしいと思います。

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     「 ア ル メ ニ ア の 紹 介 」


皆さん、アルメニアのことを聞いたことがありますか。

聞いていない人が多いと思います。なぜならアルメニアは本当にとても小さい国だからです。でもアルメニアのことを少しでも知ってほしいです。アルメニアは歴史も、文化もとても豊かで素敵な国だからです。

一国を紹介するのに時間がとてもかかりますので、アルメニアについて教えきれないと思いますが、一番大切な情報をお伝えできれば嬉しいと思います。
なぜアルメニアについてレポートを書くのかといえば、実はアルメニアに生まれて育てられてきたからです。そして今年の夏にまたアルメニアへ旅行してきたのでその国のことを皆さんに伝えたいと思います。

アルメニアが位置しているのは南コーカサスです。接するのがトルコ、イラン、アゼルバイジャンとグルジアです。首都はエレバンです。世界の最古の都市のひとつで昔からずっと生息されてきた都市のひとつでもあります。アルメニアは小さい国だといったら面積は29,800km²です。日本と比べると関東地方(32,423 km²)よりも小さいです。そしてアルメニアに3,100,000人住んでいます。でもとても面白い一事があります。アルメニア国内に住んでいるアルメニア人より国外に住んでいるアルメニア人のほうが多いです。国外に住んでいるアルメニア人が7,000,000人以上です。その理由はアルメニアの歴史の一番悲惨な一事です。1915年にアルメニア人がオスマン帝国に虐殺され、20世紀の始めてのジェノサイドが行われました。そのときにアルメニア人1,500,000人も殺され、生き残られたアルメニア人が世界のそれぞれの国に逃げて避難しました。それでアルメニア国外に住んでいるアルメニア人のほうが多いです。そしてアルメニア人虐殺が現在トルコに否定されています。

アルメニアの宗教はキリスト教で、国に住んでいる人の99.9%がキリスト教です。そしてここでも面白い一事があります。世界で一番最初にキリスト教を国教として定めたのはアルメニアです。これが行われたのは301年です。なのでアルメニアではとても古い教会が沢山あります。キリスト教でも正教会とカトリック教会と違うアルメニア教会が存在しています。アルメニアのそれぞれの教会の中心の教会が世界遺産のエチミアジンという教会です。各教会が特別な雰囲気を持つと思いますが私はホル・ヴィラプがとても好きです。なぜかというとその教会も歴史がとても古くて豊富ですがホル・ヴィラプからアルメニアの一番大きいシンボル、アララト山が一番近くて綺麗に見えるからです。アルメニア人にとってはアララト山は日本人にとって富士山のような感覚ですが残念ながら歴史の残酷さでアララト山は現在トルコに位置しています。


エチミアジン教会

ホル・ヴィラプ教会

そしてアルメニアの住民のほとんどが(97.9%)アルメニア人ですが、ロシア人(1%)やクルド人(1%)、そしてアッシリア人(0.1%)もいます。公用語はアルメニア語です。アルメニア語もとても古い言葉の一つです。アルメニア語のアルファベットがメスロプ・マシュトツによって作られたアルファベットで、たとえばソフィアファミリはアルメニア語でՍոֆիա Ֆամիլիという形をしています。そしてアルメニア語は東方言と西方言があります。公用語でアルメニアに使われているのは東方言で、20世紀のはじめに海外に避難したアルメニア人が話しているのが古典語に近い西方言です。もちろん最近アルメニアから移住した人が東方言で話しています。


アルメニアの料理がとても美味しくて特徴な料理が沢山あります。たとえばヨーグルトで作られた暑いスパスというスープやアルメニアの特徴なラバッシュというパンです。そしてアルメニアの料理の王様、ドルマとホロヴァツという二つの料理です。

アルメニアでも地震が多いです。日本より少ないかもしれませんがアルメニアでも1988年に最強の地震が起こってマグネチュードが7.2でした。「スピタク地震」と呼ばれています。

アルメニアはシンボルも多いです。上記のとおり一番大きいシンボルはアララト山ですが他のシンボルは杏や石榴やアルメニアのドゥドゥク(アルメニアの笛)やブランデー等です。

  

歴史の豊かな国ですし観光地も沢山あります。そして料理も美味しくて人が親切です。ブルガリアに興味がある方はアルメニアのことも興味を持つようになるかもしれないと思います。文化や生活は違うかもしれませんが、ブルガリアとアルメニアは似ていることもあると思います。もし機会があればアルメニアにも行ってみてください。


富士山と桜の木
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アララト山と杏の木


アララト山

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         「 黒 海 の 町ネ セ バ ル 」


皆さん、ネセバルという町を知っていますか。

ネセバルは黒海に面しブルガリアのブルガスという街の近くに位置しているヨーロッパのとても古い町の一つです。町がつくられたのは3200年前で昔の名前はギリシャ語のメセムブリア(Mesembria)です。現在、ネセバルは「新しい町」、そして「古い町」にわかれています。本当のネセバルは「古い町」です。「古い町」というのは歴史都市でユネスコの世界文化遺産の一つのスポットです。「新しい町は」とても有名なリゾートで毎年たくさんの人が夏休みにネセバルに行っています。「古い町」はもともと島でしたが海流で砂州が現れたので、今橋で「新しい町」とつながっています。その橋にネセバルのシンボルの一つ、風車があります。

町の歴史はとても豊かでトラキヤ人や古代ギリシャのドーリア人やローマ人の文化が寄り合っています。一番はじめにネセバルはトラキヤ人の町でした。そのときネセバルの要塞が建てられたのです。そして紀元前6世紀にギリシャの植民地になりました。そのとき銀や青銅のコインが紀元前5世紀、そして金のコインが紀元前3世紀から鋳造されていました。そしてたくさんの家や建物が建てられました。紀元前71年にローマ帝国の支配下になりました。でも鋳造の伝統が守られました。そのときに建てられたビザンチアン帝国のお風呂の遺跡が今でもよく見られます。812年に第一次ブルガリア帝国のハーン、クルムによってブルガリアの支配下になりましたが数週間後東ローマ帝国の支配下になりました。でも864年に第二次ブルガリア帝国の皇帝シメオン1世によってまたブルガリアの支配下になりました。


要 塞 跡

古い教会の遺跡

ネセバルで教会がたくさんあります。一番古いのは5世紀-6世紀に建てられた教会で、一番最後に建てられたのは17世紀に建てられた教会です。そしてネセバルでブルガリアの伝統的な家がたくさんあります。今でもその家に住んでいる人がいます。私はその人がとても幸せな人だと思っています。彼らの家は展示物のようにネセバルという博物館を形作るからです。

ネセバルはとてもユニークな魅力をもつ町だと思います。「古い町」は博物館のように豊かな文化と歴史をもって、「新しい町」はブルガリアの砂浜を楽しむことができるところです。皆さんも機会があれば是非行ってみてください!


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          「皆さん、本を読むのが好きですか。」


私は読書が大好きです。

本を読むとその話の傍観者、話の一部になっていくのがすばらしいと思います。作家が紹介している話をみんな違うように感じるのもすばらしいことだと思います。傍観者であることは自分は話に関して何も変えられないという悩みを持つ人もいると思いますがそれでもそれぞれの本で何かを習うことができると思います。昔書かれた本を読むとその時代に生きていた人の考え方を知ることができますし「どうしてそんな古い本を私は今でも読んでいるのか」と自分に聞いてみるだろう。「きっと作家が何か伝えたがっている。きっとこの本にもならわなけらばならないことがある。」とよく思います。今の作家も昔の作家も本で何かを伝いたがっているか読者を別世界に連れて行くと思います。楽しい本の中にも、とても難しい本の中にも、別世界が作られている本の中にもきっと何かを習うことができると思います。

そしてそうやって作家のことも知ることができると思います。「どうしてこの本を書いたのか」、「どんな人だったのか」、「どんな悩みや喜びをもっている人だったのか」と作家のこともっと知りたくなります。いろいろな作家が色々な人生を送っていて自分の本でみんなに何かを伝いたがっているでしょう。そしてその「何か」を探すのはとても楽しいと思います。

本を読むことで作家の考えだけではなくどんな本でも新しい言葉を勉強するにもとてもいいと思います。たとえば日本語を勉強している私には日本語で本を読むのが挑戦でわからない漢字や言葉がたくさんあります。そして日本語だけではなくブルガリア語で難しい本を読むと新しい言葉を発見できます。そんな言葉があるからこそ新しいことを習うことができます。わからないことがたくさんあって絶望する人が多いと思います。でもそのわからないことを勉強すればもうわかるようになるのでとてもいい勉強になると思います。

本を読むのが素敵なことだと思います。現在、いろいろ忙しい人がたくさんいると思いますが本を読むのをわすれないようにしましょう。

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---春の訪れ---


ブルガリアでは春の訪れが強く感じられています。花が咲き始めてとても綺麗な光景になっています。天気もとても温かいので夏が来るのがとても楽しみです。

ブルガリアでは春を迎えるある伝統があります。3月1日はババ・マルタという祝日で昔からマルテニツァという飾りをあげたりもらったりしています。マルテニツァというのは赤い糸と白い糸で作られた飾りです。そのマルテニツァを3月1日に健康のため家族や友達にあげるという習慣です。手首につけるマルテニツァや服につけられるマルテニツァや色々な形のマルテニツァが今たくさんあります。でも一番伝統的なのは服につけるマルテニツァで男の人の形のピジョと女の人の形のペンダというマルテニツァです。ピジョとペンダの色々な伝説がありますがマルテニツァのシンボルになっています。

マルテニツァを外すのはいつなのでしょうか。木が咲き始めるときや渡り鳥が見られるときです。そのときにマルテニツァを外して咲く木に結びます。今でもマルテニツァに飾られた木をよく見られます。そして街では渡り鳥がほとんど見られないのは当然ですがちょっと残念だと思います。

ブルガリアのマルテニツァや日本のお花見のようにそれぞれの国や文化は春を迎える習慣があるのがとても面白いと思います。冬に眠っていた自然の再現を眺めるのがとても穏やかな気持ちになると思います。

日本の皆様もブルガリアの皆様も春の訪れを嬉しく迎える伝統をこれからも大切にしていきましょう。

近所に発見した若い桜の木。とても美しいです。

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「12月の楽しみ


12月といえばクリスマスやお正月のイメージがするという方が多いです。

でもそれだけではなく私たちの18学校で12月は毎年とても忙しい月になります。なぜかというと12月の初旬には日本語能力試験が行われていて中旬には文化祭が行われているからです。

日本語能力試験はN5級からN1級まであって毎年ブルガリアで日本語を学んでいる人は自分の日本語能力を挑戦することが出来ます。もちろん、ブルガリアだけではなく世界の様々な国で行われている試験ですがブルガリアの人もそういうチャンスがあるのはとても嬉しいことだと思います。能力試験を受けるのはとてもいい経験になりますし、自分の知識はどれほど進んだのかということもわかるいい体験だと思います。日本語だけではなく他の言語を習っていると同じだと思います。もちろん、合格するように頑張らなければなりませんがその頑張るというときの気持ちはとてもいい気持ちだと思います。

   

その後、私たちの学校で文化祭が行われています。日本語を学んでいる生徒はできるだけ日本の文化をお客さんに紹介し、とても楽しく時間を過ごせる一日です。ですが文化祭のための用意は何ヶ月前からはじめ、先生方と生徒、みんな力をあわせて頑張ってきた祝祭です。自分のしたいことを選んで生徒は文化祭の日のプログラムのために練習します。文化祭の日には各部屋で色々な日本文化の紹介が行われています。例えば書道、折り紙、将棋、おもちゃやアニメと漫画等。そして舞台には合唱、劇と踊り等もあります。そして毎年指導しているクラスがあります。今年やらせてもらったのは11年生(高校2年)、私のクラスでした。大変なときもありましたがとてもいい文化祭が出来てとてもうれしかったです。毎年沢山のお客さんがいらっしゃるのもとてもありがたいことだと思います。

もしそのときソフィアにいらっしゃいましたら是非お越しください!

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「言葉より大切な事」

マリア・マリノヴァ

昔も今も外国へ旅行する人や外国へ移り住む人がたくさんいます。そしてその国の言葉がわからなくて困ることがよくあります。色々な言語があるからそれはとうぜんです。でも言葉が使えないと分かり合えないのでしょうか。

 私は5年前にブルガリアに引っ越してブルガリアの学校に通うことになりました。来たばかりのときブルガリア語があまり話せなかったので学校は大変でした。クラスメートに何回か話しかけてみましたがわかってくれませんでした。そして教室でいつも一人ぼっちでした。でもある日、一人の転校生が近づいてきて笑顔で「はじめまして」といってくれました。初めてクラスメートに話しかけられてびっくりしてそしてすごくうれしかったです。彼女は何か言いましたが私はよくわかりませんでした。彼女は私の横に座って私を見ました。私は「一緒に座りたいといいたかったんだ」とわかりました。言葉がわからなかったのに私達は分かり合えました。私が間違ったブルガリア語を話しても彼女はぜんぜん気にしないで笑って直してくれました。それからどんどんブルガリア語が話せるようになりました。そして私達はとてもいい友達になりました。彼女と出会って、前の私は言葉ができないから、友達ができないんだと思って、自分から同級生に近づくことをあきらめていたことに気が付きました。彼女のおかげで「あなたと友達になりたい」という気持ちを伝えることが言葉より大切だということがわかりました。

 言葉がわからないということだけで人と話すことをあきらめてしまう人がいるかもしれません。でも「話す」ということはどういうことでしょうか。うまく言葉が話せても通じ合えない人がいます。「自分をわかってもらおうとする気持ち」、そして「相手をわかろうとする気持ち」がなければ、そしてその気持ちを示さなければ分かり合えないと思います。言葉は勉強すれば誰でも話せるようになりますが、言葉の前にその気持ちがなければ分かり合えません。その気持ちがあれば、言葉がわからなくてもコミュニケーションの障害にはならないと思います。

 私は数年前色々な国の子供が参加するキャンプに行きました。そのときお互いの言葉が分からなかったのに「友達になりたい」という気持ちで絵をかいたり体を使ったりしてお互の言いたいことを伝え合いました。そして皆いい友達になることができました。

 皆さん、言葉が通じない時、分かり合いたいという気持ちを伝えるのをあきらめないでください。笑顔や表情で、自分の気持ちを示してみてください。そうすればきっとお互いに通じ合えると思います。

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