産経ニュース 2014.11.より
大阪で「能」の稽古重ねたブルガリア人男性 「伝統文化の懸け橋に」

 府内に通算約7年間滞在し、大阪大学大学院で研究するとともに自らも習った日本伝統の能を、母国ブルガリアに伝えようとしている男性がいる。9月に帰国したペトコ・スラボフさん(34)。大阪市中央区の山本能楽堂で稽古を重ねる一方、外国人に解説したり、海外公演をコーディネートしたりした経験を踏まえ、「母国に会社を設立し、能を紹介したい」と両国の文化の“懸け橋”になることを目指している。

 日本に興味を持ったきっかけは、子供の頃に見たドラマ「将軍 SHOGUN」。切腹のシーンに「理屈が分からない不思議さ」を感じ、欧米と異なる文化に衝撃を受けた。ソフィア大学でコンピューター工学を学んだ後、日本学を専攻。翻訳を通じて狂言を知り、能にも興味を抱くようになった。

 平成17年から1年間、日本に留学した後、20年に再来日。大阪大学大学院で能楽を中心に学び、修士課程を修了した。博士課程に進んで今年、「外国人の目に映った能楽の明治維新」をテーマに論文も提出した。

 能の魅力を「最小の表現方法で最大の演劇効果を出す」と語るスラボフさん。平安時代の歌人、在原業平に対する妻の思慕を描いた名作「井筒」が好きで、妻が夫の衣を付け、井戸の水面に映った自分の姿に面影を重ねる場面に感動するという。

 山本能楽堂では、観世流能楽師、山本章弘さん(54)から舞、謡を2年間ほど習い、公演も鑑賞。「生きている能と出会えて良かった」と話す。

 同能楽堂が実施する外国人向けの公演で司会や通訳などを務め、平成23年にはブルガリアでの能楽公演もコーディネート。山本さんや現地の子供らが出演した舞台は好評を博した。

 「ブルガリアでは能は日本の古典仮面劇として認識されているが、それ以上はあまり知られていない」とスラボフさん。「礼儀・作法や師弟関係、伝統の継承など日本人の心が込められた演劇として能を伝えたい」と語る。

 日本滞在中から、囃子(はやし)の大鼓や小鼓などの音が聞けるスマートフォンのアプリも開発。帰国後は、ソフト開発会社「Okina」を設立し、将来は能楽の公演なども開いて日本の芸能を伝える計画だ。

 山本さんの妻で山本能楽堂事務局長の佳誌枝さん(50)は、スラボフさんについて「能への思いが合致し、新しい能をつくる仲間として参加してくれた。海外からの視点を教えてくれたことは、ありがたい。これからは一緒にブルガリアなどで能を広めたい」と話している。


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