日本で「一番有名な国」のお菓子
世界のおやつ探検隊

2013/8/25 日本経済新聞

 いきなりタイトルで「一番有名な国」とうたってしまいましたが、みなさんはどこの国を思い浮かべましたか。アメリカ、フランス、それとも中国…。いえいえ、朝の食卓でおなじみの、“お腹にやさしい”あの国です。見知らぬ「おやつ」との心ときめくような出会いを求め、ナショジオが結成した「世界のおやつ探検隊」。どうぞお楽しみください。

 日本人が毎日、街中で最も目にする国の名前といったら、おそらくこの国ではないだろうか。スーパーにもコンビニにも山積みとなった某メーカーのヨーグルトのパッケージに、どんっと「国名」がデザインされたブルガリア(ブルガリア共和国)――黒海に面した東欧の国だ。

 でも、これだけ「有名な」国であるにもかかわらず、「ブルガリアってどんな国?」と問われて、詳しく説明できる日本人はそういないだろう。なにしろ、ブルガリアへの日本人旅行者は、年間で1万人ほどしかいないというのだ(ちなみにアメリカやフランスへの旅行者は年間100万人単位)。

 そう教えてくれたのは、ブルガリア共和国大使館の商務参事官、バルチャン・バルチャノフさん。我々「世界のおやつ探検隊」のブルガリアという国に関する知識といったら、「ヨーグルトの国」というイメージがあるぐらい。そこで、バルチャノフさんと彼を紹介してくれたブルガリア人の松岡マヤさんに、この国のお菓子について聞いてみた。日本旅行業協会(JATA)で働くマヤさんは日本人男性と結婚、来日12年目になるという。

http://www.nikkei.com/content/pic/20130825/96958A9C93819499E0E2E2E09A8DE0E2E2EAE0E2E3E1E2E2E2E2E2E2-DSXZZO5870906020082013000000-PN1-37.jpg

 開口一番、バルチャノフさんが「日本では、カボチャをよく料理に使うでしょう?」と言う。うんうん、とうなずいていると、「でも、ブルガリアでは料理にはカボチャは使わないんです。カボチャといったら、お菓子を作る材料と決まっている。『ペチェナティクバ』(焼いたカボチャにハチミツやクルミをかけたもの)や、『バレナティクバ』(カボチャを水と砂糖で煮たもの)などがポピュラーですね」と説明を始めた。


ームの終わり ティクバというのはカボチャのことで、ペチェナやバレナは焼く、煮るの意味。ちなみに、ブルガリアのカボチャは、日本のものよりずっと大きく甘みが強いらしい。調理すると、汁気たっぷりで果肉がとても軟らかくなる黄色い皮のカボチャや、より甘みの強い皮が銀色がかったものなどがあり、お菓子によって適した種類が異なるのだという。

 「ペチェナティクバの一種に、卵とクルミを使ったパンプキンプディングがあって、これがとってもおいしいんですよ」。思わずよだれが出てきそうと、バルチャノフさんは口元を手で押さえた。シンプルに焼いたり煮たりしたものがそこまでおいしいなんて、ブルガリアのカボチャってどんなにすごいのだろうと想像を巡らせる。

 素材を生かしたシンプルな調理法はブルガリア料理の定石のようで、マヤさんは「夏の終わりになると、おばさんが生のプルーンにクルミとほんの少し砂糖をかけて焼いてくれたものですが、これが本当においしいんです」と夢見るような表情で言う。ブルガリアでは日本とは異なり、野菜や果物はそれぞれの本来のシーズンにしか出回らないそうで、その短い旬が季節の風景を鮮やかに彩っているようだ。

 バルチャノフさんはさらに目を輝かせ、「カボチャを使ったとてもポピュラーなペイストリーもあって、『バニツァ・ス・ティクバ』や『ティクベェニック』と呼ばれています」とつけ加えた。

 バニツァとは、紙のように薄いパイシートを使って作るペイストリーの一種。ブルガリアの代表的食べ物で、カボチャなどを使った甘いものだけでなく、チーズや卵、野菜などを入れた「軽食タイプ」もポピュラーだという。甘くないバニツァは、朝食の際によく食べるそうだ。また、どの町にも「バニチャルニツァ」と呼ばれるバニツァ専門店があるそうで、「先日ブルガリアに帰国したときには、大好きなバニツァを食べ過ぎて5キロも太っちゃったんです」とバルチャノフさんは苦笑いする。

バニツァ・ス・ティクバは、甘くないヨーグルトやヨーグルトドリンク(上)と一緒に食べるものらしい。「この組み合わせがまた、おいしいんですよ」とバルチャノフさん。ちなみに、ヨーグルトはブルガリア語では「キセロ・ムリャコ」(酸っぱいミルクの意味)という。もちろん、「ヨーグルトの国」のイメージ通り、ブルガリアの人々の生活にヨーグルトは欠かせない。パン作りにも牛乳ではなくヨーグルトを使ったりするそうだ
バニツァ・ス・ティクバは、甘くないヨーグルトやヨーグルトドリンク(上)と一緒に食べるものらしい。「この組み合わせがまた、おいしいんですよ」とバルチャノフさん。ちなみに、ヨーグルトはブルガリア語では「キセロ・ムリャコ」(酸っぱいミルクの意味)という。もちろん、「ヨーグルトの国」のイメージ通り、ブルガリアの人々の生活にヨーグルトは欠かせない。パン作りにも牛乳ではなくヨーグルトを使ったりするそうだ

フォームの終わり

「ザゴリエ」のシェフ、ブラディミル・ジュルジェフさん
「ザゴリエ」のシェフ、ブラディミル・ジュルジェフさん

 その「危険な」バニツァと対面すべく探検隊が訪れたのが、東京・雑色のレストラン「ブルガリア料理 ザゴリエ」。2年半前にオープンしたばかりのお店だ。

 店で料理の腕を振るうのは、日本に来て7年になるというブラディミル・ジュルジェフさん。イケメンシェフだ。早速、カボチャのバニツァについて聞いてみると、ブルガリアではクリスマスイブの食卓にものぼる伝統的なお菓子だという。

 「バルカン半島一帯やトルコなどにあるバクラバに少し似たお菓子ですよ」と言うので、以前ギリシャ料理店で作ってもらったバクラバを思い出し、薄いパイシートを重ねて作るお菓子を想像していたら、出てきたパイ菓子はなんと渦巻き状。「色々な作り方がありますが、この形が一番ポピュラーですね」

 作り方はこうだ。薄いパイシートに油を塗り(ブルガリアではヒマワリ油が一般的)、おろしたカボチャ、クルミ、砂糖、シナモンを載せ、細長い棒状に巻いていく。それをさらに渦巻き状に巻いて、オーブンで焼いたら出来上がり。

 「カボチャを完全につぶして使うなど、各家庭でレシピは少しずつ違います。家庭の味があるんです」とジュルジェフさん。ちなみに紙状のパイシートはブルガリアでは簡単に市販品が手に入るが、手作りする場合は生地を伸ばすのに、のし棒を使わないという。ある程度伸ばした生地の下に両手を入れて、指で徐々に薄く薄く伸ばしていくらしい。神業、見てみたいものです。

 おろしたカボチャを使ったジュルジェフさんのバニツァ・ス・ティクバをいただくと、カボチャの食感が残り、クルミがサクサクしておいしい。シナモンの香りがふっと鼻を抜けていく。ブルガリアのカボチャは日本のものとは違うんですよねと水を向けると、「バイオリンのように、縦長でくびれのある形をしたカボチャが、甘みがあっておいしいんですよ」と教えてくれた。

クレム・カラメル。プリンは国によって大きな型で作ったものを切り分けるのが普通であったりするが、ブルガリアでは一人前用の小さい型を使って作るそう
クレム・カラメル。プリンは国によって大きな型で作ったものを切り分けるのが普通であったりするが、ブルガリアでは一人前用の小さい型を使って作るそう

ォームの終わり

「ザゴリエ」が店を構える通り。雑色の駅前の細い道をふっと入るとブルガリアの国旗が見え、かの国に迷い込んだかのよう
「ザゴリエ」が店を構える通り。雑色の駅前の細い道をふっと入るとブルガリアの国旗が見え、かの国に迷い込んだかのよう

 さて、バニツァのお供となる飲み物には、「定番」がある。「アイリャン」と呼ばれるヨーグルトドリンクだ。日本の一般的なヨーグルトドリンクとは異なり、ほんのり塩味の甘くない飲み物で、バニチャルニツァにも必ず置いてあるらしい。ブルガリアでは市販品もあるが、家で手作りする人も多いという。

 「ザゴリエ」では、手作りヨーグルトを水で割って作っている。いただいてみると、牛乳の風味が濃い手作りならではの味わい。「のどがとても潤う飲み物なんです。特に、暖かい季節にはおいしいですね」とジュルジェフさん。ちなみに、ブルガリアでは地域にもよるが、牛乳のほか、羊、水牛などのミルクも手に入るらしい。羊のミルクは牛乳に比べると濃い味わいで、水牛は脂肪分が多くリッチな味わいなのだそうだ。

 同店ではもう一つ、お店の人気デザートであるという焼きプリンも紹介してもらった。全卵、牛乳、砂糖、キャラメルソースを使ったプリンで、材料を型に入れオーブンで焼いたもの。ブルガリアでは「クレム・カラメル」と呼ばれるというように、フランスから入ってきたものでブルガリアならではのお菓子ではないが、とてもポピュラーなのだという。

 「会社の社食や学校の食堂でもよく見かけますね」とジュルジェフさん。いただいてみると、生地がしっかりとしていて、日本のプリンに比べると甘めだけれど、これも美味。

クレム・カラメル。プリンは国によって大きな型で作ったものを切り分けるのが普通であったりするが、ブルガリアでは一人前用の小さい型を使って作るそう
クレム・カラメル。プリンは国によって大きな型で作ったものを切り分けるのが普通であったりするが、ブルガリアでは一人前用の小さい型を使って作るそう

フォームの終わり

木のぬくもりが伝わってくる「ザゴリエ」の店内。同店では、日替わりで1~3種類のデザートを出している
木のぬくもりが伝わってくる「ザゴリエ」の店内。同店では、日替わりで1~3種類のデザートを出している

 さて、最後にジュルジェフさんが好きなお菓子を聞くと、「コズナック」と呼ばれる復活祭(イースター)のケーキを挙げてくれた。甘いパンのようなケーキで、生地を三つ編みにして焼いたものや円形のものがあるそう。そして、円形の場合、真ん中にゆで卵を赤く色づけしたイースターエッグを置くのだという。

 復活祭にはゆで卵のとがった先をぶつけ合い、割れた方が負けという遊びもある。家族や友達などと勝負して、最後に勝ち残った人は1年間元気でいられるという意味があるそうだ。

 そのほかにも、イチゴ、洋ナシ、モモ、サクランボ、アプリコットなど様々な季節のフルーツを手作りコンポートにしたりジャムにしたりするというブルガリアの人々(そういえば、マヤさんは子どもの頃、なんと学校の「課題」として、ジャム作りのため510キロものローズヒップを、家族と一緒に郊外に摘みに行ったという話をしてくれた)。今度、街で「ブルガリア」の文字を見かけたら、その背景にこの国の豊かな食の風景が広がりそうです。

今回のおやつの生息地
ブルガリア料理 ザゴリエ
東京都大田区仲六郷2-42-3 TFハウス1F
電話:050-35863105 begin_of_the_skype_highlighting 050-35863105 無料 end_of_the_skype_highlighting ホームページ:http://zagorie.jp/

Webナショジオ2013年6月7日掲載]


ブルガリア紹介目次へ