ブルガリアの世界遺産 ― スヴェシュタリ - (Sveshtari)

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スヴェシュタリのトラキア人の墳墓(墓地)は、元前3世紀頃に建設されたトラキア人王族の墓です。

1982年にブルガリア北東部の小さい丘から発見されました。当時のトラキア人の宗教建築の基本的な構造原理を伝えてくれる遺構である。 建築上の装飾では、多彩色の半人半植物女人像の柱(カリアティード)と、彩色された壁画とが、非常にユニークなものとして目を惹く。
墳墓(直径70m,高さ12m)は、石棺が配置されていた玄室、2つの小部屋から構成される。 玄室には10体の女性像が装飾されている。
全部で3室から構成されており、10休の女人像柱は、中央の玄室の壁に浮き彫りの形で彫りこまれたもので、それにかぶさる丸天井には半円壁画の装飾が施されています。 壁の上部には被埋葬者の権力を象徴する雄牛の頭の模様が飾られています。
横には供物用の室があり、そこでは5頭の馬、1匹の豚、1匹の犬の骨、陶器、矢、青銅製の彫像、金製のイアリングなどが発掘されました。
中央の玄室は4.5メートルの高さかあり、地母神のあらゆる姿勢を表す10休の女人像柱で装飾されています。
この墳墓には30−35歳の男性、そしてその男性より若い女性が埋葬されたと考えられています。

当時のトラキア人の宗教建築の基本的な構造原理を伝えてくれる遺構である。 建築上の装飾では、多彩色の半人半植物女人像の柱と、彩色された壁画とが、非常にユニークなものとして目を惹く。

ティン帝国時代には最も重要な要塞のひとつとなり、ビザンティンと第一次ブルガリア王国との間の戦いが行われました。
9世紀にはブルガリア王国のクルム王によってブルガリアの支配下となり、シメオン王の時代には完全にブルガリアの領土となりました。

10体の女人像柱は、中央の玄室の壁に浮き彫りの形で掘り込まれたもので、それに被さる丸天井には、半円壁画の装飾が施されている。 ギリシャ文化の影響を受けていたトラキアの一種族ゲタイ人の文化を伝える貴重な例証である。
こうした例は、トラキア地方ではこれまでには他に見つかっていない。 トラキア人の文明を探る貴重な遺産となる。

1985年に世界遺産として登録されました。















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