初めてブルガリア・ルーマニアを旅した小笠原明子さんが、私たちのホームページに共感し、
旅での思いを綴った短歌を寄稿してくださいました。

 一句一をかみしめて、かの地に思いを馳せてください。


  薔薇の谷
                  小笠原 明子

 ブルガリア編

  雲低き空に吸われし飛行機の鳥影に似てたちまち見えず

  雷荒れし後の離陸に滑走路跨ぎて太き虹の根の立つ

  言葉まだ生れぬ異国の夜の明けをホテルの大き窓に息掛く

  「わがローマ」と呼びて大帝コンスタンチヌス愛せし町ぞ旅の一歩は

  隷属の時長かりし国の首都交差点にのぞく地下教会の屋根

  地下街の一角占めてトラキアの城壁残る歩道の石も

  地を掘れば遺跡層なすアナトリアに民族の興亡風のやうなり

  民族の十字路なれば興亡の恒無し壁画幾層をなす

  剥落のフレスコ画より強き意志射かくる(まなこ)天使ガブリエル

  バルカンの白き昼顔に似る妃デシスラヴァほのと笑みぬ壁画に

  山深く七百年余を守られて妃の笑みのほのけき壁画

  ホンモノデス、レプリカデスと唄ふごと博物館に老女の日本語

  征服者がバルカンと呼びし山なみはスタラ・プラニナ雪白き峰

  旅人に摘ますと花を残しおく薔薇の谷昨夜の雨にかがやく

  畑に摘むバラを入れよと少女らがくるるエプロン薔薇の花輪も 

  露ながらダマスクローズ摘み入るる腰のエプロンしっとり重る

  バラ摘みの後なる輪舞(ホロ)少女らは一輪ずつのダマスクローズ

  背を曲げて花入る袋負ひ行くはロマか薔薇祭の輪舞をよそに

留学生によるブルガリア授業

「ドバルデン!」、「??????」「ドバルデン」と言ってみてください。

 ルーマニア編

  国境は橋の真中と ルーマニアにバスの入り行くドナウを越えて

  独裁の悪意のひとつクリスマスにことさら電圧落とせしなども

  統制をせむとマスコミを押しこめし一つビル「光の家」と名付けて

  打ちならす板木聖母の声と言ひ祈りの刻を告げて廻りぬ

  扉のひまに点されてゆく灯の見えて朝の祈りの刻近づけり

  叫びあぐる麻痺の子なかに跪く家族あり三位一体祭に

  祝福を頒かたむと頭に載せくるる掌厚き司祭の右手

  CDの(パン)(フルート)リズム取る運転手のゆび停車の時を

  どの家も塀に葡萄をからませて十字架立つる井戸小屋を持つ

  丈低く作る葡萄の畑を行き一点赤し少年のシャツ

  干し草を繭のかたちに積める野に画帖を開く人あるやうな

  花のごとき時節(とき)ありなむ平原に耕し羊を追へる一生



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